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- メリークリスマス~おーゆいです!最後の絵日記!長いから読む方は覚悟してください!
☆苏州
‘’上有天堂下有苏杭‘’の苏の部分・苏州に行きました。上海から高铁で30分!近いね!行った場所を紹介しまーす
◎虎丘湿地公园
お散歩しながら秋感じました人が少なくて良
この公園で有名な水杉(メタセコイア・アケボノスギ)っていう中国原産の植物が紅葉してて綺麗でした 葉っぱが水面に落ちて地面見たいになってた
移動でバス乗ったら上海同様アナウンスに方言が使われてました 上海话に若干似てるね~上海、浙江、江苏は方言似てるらしいです
苏州の方言の你好は倷好、発音はねいはい らしいです ちな上海话の你好はのんほーって発音です 上海话の文字は無いでーす会話して覚えるしかない!☆バスのミラーがカメラになってて近代的すぎ、苏州には結構カメラミラーあるみたい
運転手盗撮してごめんねー!
そして苏州のバス?車?はバックするときチリンチリンって音なります苏州ならではらしい 上海と近いのに違う箇所見つけて楽しー
◎虎丘山
名前の由来は吴王の墓に白い虎が現れたという伝説かららしいでーす中国版ピサの斜塔・虎丘塔を見ました。世界文化遺産だよー昔地盤ゆるゆるで傾いちゃった 今は工事してあるから登れまーす!
敷地内の青銅の鐘に室町時代の大工・藤原家次の名前が刻まれてました
剣を試す岩です。切れてました。
紅葉綺麗でした~◎山塘街
不思議な果物が売ってました。細長いやつ(苏州特产乌梅)買ってみました!葡萄の味でした!小红书で調べてみたら葡萄を乌梅とかいって売ってるらしいです!食べたのはただの葡萄だったね!偽物だった残念!珍しい物を試すのは良いけど偽物の場合もあるから一旦調べると良いかも~
白居易大先生の記念館がありました!白居易は蘇州の水害を解決するためにまっすぐな河川作って(山塘河)、その河川沿いに造られた通りを山塘街と呼びました。それ以来、山塘街は次第に蘇州の重要な商業・文化の中心地となったんです!唐のスーパー詩人のイメージしかなかったから彼の新たな一面を知れました(^_-)☆彡
↑白居易が民のために山塘を良い感じにしてる様子
↑客寄せ白居易
でかい機織り機あった!職人!絹文化!手作りの芸術作品!蘇州の職人精神と蘇州の製品感じました
おばちゃんが刺繍してました 苏州貿易いっぱいするからたくさん産業発展したんだな~って感じ 絹織物の製作、刺繍のための養蚕等無形文化遺産が展示されてました~
苏州商会博物馆がありました!
近現代工商業の発展を見ました
↑蘇州商会は商会が管理する準武装組織である。
その主な任務は、警察を助け、社会秩序を維持し、社会秩序の安定を通じて商業の繁栄を促進することであった。
1,400丁以上の有名な銃やその他の軍事装備も備えている。社会の秩序を武装して守る……チャイニーズヤクザってコト……!?愛国心強い組織で朝鮮戦争(抗美援朝)の時タオルとか飛行機上げて支援したみたいです
対日経済絶交委員会wwww最悪すぎwwwww
昔日本製品を密かに輸入した者や日本製品を私的に販売した者を処罰したり上海では大規模な日本製品不買運動が展開されました。この2度の不買運動によって、日本の対中輸出は激減したみたいです。そんな時代があったんだね~
◎留园
国運の衰退に伴い、古典庭園は衰退してました。
新中国成立後、(文化大革命?)蘇州の古典庭園の修復が本格的に始まり、保護から発展へと徐々に移行しました!
そして、苏州庭園はニューヨークの美術館に展示されて、東洋と西洋の文化架け橋になりました~すごすぎ
留园は戦争かなんかで被害やばすぎて、頑張って修復したらしいです!周恩来留园来たことあるって!すごーい
↑これは苏州留园特色、假山 石で作った山!頑張ったら登れそう
盆栽ランドありました。盆栽日本のイメージ強かったけど中国も盆栽いっぱいあります!盆栽のルーツは唐时代の盆景が遣唐使とかから伝わって日本に広まったらしいです!我的爷爷の家に盆栽の本あったし中国人にも日本人にも親しまれてる文化なんですね~
留园は中国庭園の池・石・木・橋・亭全ての要素が入っていて良!ちな日本庭園は素朴ですよね~「わびさび」の「わび」の部分は日本庭園オリジナルかも~
夜ご飯食べたお店のWi-Fiの名前が全部料理名でかわいすぎる、ほんでWi-Fi多すぎだろ
☆绩溪
上海から高铁で三時間くらいかけて行きました~自然が綺麗な田舎町です◎郭山大峡谷でハイキング(^_-)
绩溪は現代孔子と呼ばれる哲学者・思想家・外交官の胡适のジモティー!
あの北京大学の学長!偉大すぎ~ 満州事変の時に日中にもの申したり、戦後哲学者会議で日本人と討論したり、なんやかんや日本とも関わりがあります
毛沢東の横顔の石あったわら
葉っぱがお金の形みたいな中国にしかない植物・铜钱树!本当のコインだったら良いなー◎龙川景区
景色がきれい!地元民の方言一言も聞き取れなくて草毛豆腐食べた!豆腐の表面に毛カビを繁殖させ、その菌糸がフサフサな毛のような見た目になるから毛豆腐って名前です!あんまり好きな味じゃなかった汗
がちカビの味する、もう食べたくないかも~
绩溪出身・明代の将軍、胡宗宪が日本とバトった時の記念館ありました~
これ昔の日本人なのしぬ
中国沿岸部で密貿易などを行っていた倭寇の討伐をしたらしいです!密貿易よくないね~
バトった時の船の模型!
バトルの様子です!
記念館を出てぶらぶら歩いてたら「石敢當」がありました。石敢當は沖縄にある魔物を撃退する、魔除けの役割を果たす石碑です!石敢當は琉球時代から交流のある、中国の福建省から伝来したものなんです!通りかかった場所にたまたま日本との繋がりを感じました
↑希望小学
国が金出すんじゃなくて村のみんなでお金を出す希望学校!田舎ならではですね◎绩溪县博物馆
この博物馆は北京の鳥ノ巣の設計士がデザインしたら建物でした
绩溪の地理、伝統工芸、特産物、発展の歴史、伝統行事、料理などいろいろ展示してありました。
↑墨
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邵仁清は上海にレストランを開いたが、日本の戦争により、爆撃を受けたし、店は日本軍の養鶏場にもなった。
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邵氏は命がけで日本軍と交渉し、鶏の引き渡しを強要した。
何度も交渉を重ねた末に、彼は日本人に店を引き渡させた。彼は日本人が行った残虐行為を感じ、その怒りを食べ物に込めた。
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抗日套餐炸东京 の誕生
恐ろしいエピソードや 食べ物に恨みを込めるのね◎三雕博物馆
绩溪で有名な木、石の彫刻を見ました
彫刻にストーリーあって面白い~バスでホテルに戻ったんですけどアナウンスで开门儿请担心って言ってて、北の方だから儿つけるんや!って思いました。方言アナウンスなかった 上海と違うね~
夜ご飯はナルト柄のネギ見たいな見た目のもちもちしてる米糕食べました
今回は苏州,绩溪の旅行先で日本との繋がりを感じました(^_-)☆彡残り僅かな留学生活満喫しましょー!圣诞快乐☆ミ
- メリークリスマス~おーゆいです!最後の絵日記!長いから読む方は覚悟してください!
苏州&绩溪行ったよ~

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