【コラム】日本人の起源に関する三重構造説
現代日本人はいつ、どのようにして誕生したのでしょうか。
現代日本人の起源については、1991年に埴原和郎氏が提唱した二重構造モデル(Dual Structure Model)が広く受け入れられてきました。二重構造モデルとは、現代日本人は縄文人と北アジアからの渡来人という二つの集団が共存し、融合することで誕生したとするものです。
しかし2021年、金沢大学の覚張隆史助教らの国際共同研究チームは、縄文人・弥生人・古墳人のゲノムの解析によって、三重構造説という新たな説を発表しました。三重構造説とは、本州に暮らす現代日本人は、縄文人と弥生時代に北東アジアから渡来した二つの集団に加え、古墳時代に東アジアから渡来した第三の集団との混血によって形成されたとするものです。
この説によると、約20,000~15,000年前、日本列島に第一の集団である縄文人がやってきました。縄文時代は1万年以上にわたって続きましたが、約3000年前、北東アジアに起源をもつ第二の集団が渡来し、縄文人と混血して弥生人を形成しました。さらに3世紀から7世紀ごろまで続いた古墳時代になると、東アジアから第三の集団が渡来し、弥生人と混血して、本州に暮らす現代日本人集団が生まれたといいます。
▼縄文時代から現代に至るまでの日本人ゲノムの変遷【出典】覚張隆史ほか「パレオゲノミクスで解明された日本人の三重構造」(報道発表 2021年9月21日)
では、なぜこれらの時期に遺伝的特徴を大きく変えるほど、多くの人々が渡来したのでしょうか。古気候・古環境学を研究する川幡穂高氏によれば、それは東アジアを襲った地球規模の気候変動に原因があったといいます。過去2万年の間に東アジアは10回の寒冷期に襲われました。いまから約3,000年前に始まった第5の寒冷期では、食糧不足のため、縄文時代末期の人口は最盛期の約26万人から約8万人にまで減少します。その一方、大陸から多くの人々が日本列島に渡り、稲作と金属器の使用を特徴とする弥生時代が始まりました。その後、2世紀末に起こった第7回の寒冷期では、後漢王朝が滅び、東アジア全体が混乱の時期を迎える中、再び多くの人々が日本列島に渡ったといいます。こうして漢字の使用や大規模古墳の造営に象徴される統一王権の時代=古墳時代が始まったのです。
▼ホモサピエンスと気候変動【出典】川幡穂高「物質循環と気候変動による人間社会への影響」(政策オピニオン No.137 2019年11月)
東京上野にある国立科学博物館の2階に「日本人と自然」というフロアがあります。縄文時代から現代にいたる日本人の歴史と、その暮らしを育んだ自然との関わりが展示されています。アジアからの渡来人と交わることで、遺伝的にも文化的にも変化を遂げてきた日本人。その歩みを貴重な出土品をとともに振り返ってみてはどうでしょうか。(小中彩音)
参照資料
- 埴原和郎「二重構造モデル:日本人集団の形成に関わる一仮説」(Anthropological Science 102 (5)、1994年)
- 覚張隆史他「パレオゲノミクスで解明された日本人の三重構造」、2021年9月21日
https://www.kanazawa-u.ac.jp/wp/wp-content/uploads/2021/09/210921.pdf - Takashi Gakuhari and others. “Ancient genomics reveals tripartite origins of Japanese populations”, 17 Sep 2021.
Just a moment... - 川幡穂高『気候変動と「日本人」20万年史』(岩波書店 2022年)
- 川幡穂高「海底の堆積物から探る⽇本⼈の起源」(海洋政策研究所-OceanNewsletter 第536号 2022年12月)https://www.spf.org/opri/newsletter/536_2.html
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